抜かない歯科治療=EMAT(高周波根尖療法 )誕生のエピソード
私は徳島大学歯学部を卒業後、徳島大学歯学部小児歯科学講座に4年間在籍しました。
その後阿南市、徳島市の開業医で計5年間勤務し、2000年に現在の徳島県鳴門市瀬戸町に開院しました。
私の勤務医時代がスタートして、まず最初にネックになったのが歯内療法(歯の根の治療)でした。どの歯科医院でも親知らずを抜かない日はあっても、歯内療法をしない日はありません。当時は大学で学んだ知識をフル稼働し真剣に歯内療法に取り組んでいました。
ある日のことでした。12歳の女子中学生が「左上の前歯の痛み」で来院されました。虫歯はすでに神経まで届いていて、神経処置を行うことになってしまいました。当時の浅い経験と知識を駆使し、できる限り、根の中を掃除し、その日の治療を終えました。
この歯科治療は時間がかかったものの、いつものように精一杯虫歯の治療を行い、なにも問題はないと思っていました。そしてその1週間後、女子中学生が来院してくれました。「噛んだら少し痛い」ということでしたが、神経をとった刺激だと診断し、その日も通法通り、掃除の続きを行って薬を入れました。
そして「次の来院時には最終の薬で詰められるよ。」と伝えました。
しかし、そこからでした。彼女の歯の痛みは来院する度に、そして根の中をさわる度に、さらに強い痛みを訴えるようになり、痛みは増すばかりになってしまいました。
困り果てた私は歯内療法では治らないと判断し、外科処置を行うことを決断しました。
その結果、一度歯を抜いて根の先端を切り取り、もう一度元の位置に戻す「歯根端切除術・再植術」を説明したところ、快く受け入れてくれました。
抜歯して、愕然となりました。なんと、根管(神経の通っている管)が二股に分かれているのです。
ここで、歯について簡単にご説明しようと思います。(図1)
歯は家によく似ていています。家を建てる時には必ず地盤工事がありますよね。
家の見えている部分よりしっかりした基礎が地中にあるはずです。
歯も同じなのです。
お口の中に見えている部分を歯冠、歯ぐきの中に入っている部分を歯根といいます。
そして、歯の周囲には歯槽骨という骨が取り囲んでおり、その周りに歯ぐきが覆っています。
さらに歯の根を詳しく見てみましょう。
歯の根(歯根)の中には、「根管」という神経や血管が通っている空洞があります。(図2)
タイヤキの中にアンコが入っているのをイメージしていただくと分かりやすいと思います。
話を元に戻しましょう。
私が根の先まで綺麗に清掃できたと思っていたところは実は先端よりも遥かに上の交差点部分だったのです。(図3)
つまり、神経の取り残しがあったのです。
完全な私の診断ミスで、彼女にそれを説明した後、通法に従ってオペを終えました。
私はこのことに大きなショックを受け、憂鬱な日々が数ヵ月続きました。その時に痛感したのが、「歯は見た目の美しさも大事ではあるが、しっかりと骨の中に植わっていることは何よりも優先される。」ということです。
当時29歳だった私はその頃から、大阪・京都に月2~3回のペースで勉強に出かけるようになりました。
その頃は欧米から超弾性金属チタン合金製の新しい器具が次々と発売され、私もその使い方をマスターしようと日々トレーニングを繰り返していました。
その甲斐あってか、それから数年たった1998年頃、歯科のメーカーから講師の依頼をいただき、各県で講演を行えるようになっていました。
2005年、(株)モリタから「EndoWave」という非常に作業効率の優れた清掃器具が登場し、発売当初からモリタのインストラクターとして全国で研修会を開くようになりました。
翌年2006年には、新しい根管の清掃方法「EndoWave All-Ranges version」を考案し、私なりに根管の清掃方法は完成したと感じていました。(図4、5)
ただ、ここに一つ難点がありました。
それは、いくら根管の中を綺麗に掃除しても、根の周囲は全く掃除できないということでした。
そのため、応用できる薬剤を色々試してみたものの、1年に数例は経過の思わしくない症例があり、最終的に外科処置に移ることもありました。
そのため、歯根の周りの骨が大きく溶けたような患者さん(図6)には
「一応、根の治療をしてみましょうか?これで治ればいいですよね。」
としか言えず、なんとも歯がゆい時期が長く続きました。
2005年の7月頃でした。
私は、かなり前から歯根の中の神経を殺菌するのに常に電磁波治療器を使用していて、毎日当たり前のように診療前には当院のクルーに用意をしてもらっていました。
電磁波治療器とは…?。
どのご家庭にもある「電子レンジ」をイメージしていただければ分かりやすいと思います。つまり、電流の力で熱を発生させ、その熱を利用してバイキンを死滅させるのです。
そのため、日常の治療において根管内に詰めものをする前には、必ず殺菌するために根管内に電磁波を当てていました。
蒸し暑い夏の夜、当時、当院の小児科長であった住友孝史先生といつものようにカルテ記載をしていました。
大阪での講演を次週に控えていた私は、模型を使って準備をしていたのですが、ふと「歯根の周りに電磁波を当てたらどうなるんだろう?」と考えました。歯根の周囲の細菌が掃除できないのなら熱で殺菌してはどうか?
思いつきは単純でした。そして、早速次の日、生卵の白身を使って実験してみたのです。電流を数秒流してみると、ファイルの先端1㎜ぐらいにうっすらと白身が固まっているのが観察できました。
「これなら使える!」
「人体にも副作用はでない!」
それから数ヶ月間、住友孝史先生と一緒に実験を何度も繰り返し、データをとり続けました。
2006年2月のことです。いつものように診療が終わって片づけをしていた頃、知人から右の頬が腫れてきたと連絡がありました。
2日前頃から噛んだらおかしい感じがしていたらしいのですが、仕事が忙しく来院できなかったとのことでした。彼にすぐ来るように伝え、診療準備にとりかかりました。
実際、口の中を見てみると、右の上の歯はぶらぶらの状態で、今にも抜け落ちそうな状態でした。
「抜歯して、インプラントにしようか?」開口一番、私はと尋ねていました。
「この歯は、もうもたない」実際、そう思いました。ただ、20歳過ぎの若さで抜くのは避けてあげたい、そんな思いもありました。そこで
「ダメかもしれないけれど、一度根の周囲に電磁波を当てて殺菌してみようか?」と聞いてみたのです。
「抜かなくてもいけるかな?」
彼は不安げな様子でした。
「何ともいえないけど、通常の治療方法じゃあ治らないよ。試す価値はあると思う。これでダメなら、残念だけど抜くしか方法がないよ。」
彼がすぐ承諾したのは言うまでもありません。
インプラントは素晴らしい治療技術ですが、歯が入るまでには最低4ヵ月はかかります。しかも最終は人工物です。誰でも生まれ持った自分の歯がいいのに決まっています。そこで、私は何度も考えてきた歯根の周囲に電磁波を当てる方法を行いました。治療は1時間弱で終わりました。
痛みがひいたせいか、安心したような表情で帰っていきました。
それから、1週間後、彼が再来院しました。「痛みはどうだった?」と聞いてみました。
「その日は違和感があったけど、次の日から痛みは嘘のようにひいてた。」
そう答えてくれました。そして、ゆっくり治療台を倒し、口の中を診てみました。
なんと、揺れが完全に治まっているのです。通常「縦に揺れた歯は抜歯」、それが歯科の一般常識です。正直、揺れがましになっていたらいいかなあ…。
そんな感じで歯を揺らしてみたのです。
にもかかわらず、歯は揺れるどころか、全く正常の状態と変わらない程度にしっかりとしているのです。
「もしかしたら、残るかも…。」
私は彼にそう言いました。彼も私以上にとてもうれしそうにしていました。その後、…3週間かけて通法通りに、かぶせを入れました。
これが、EMAT(高周波根尖療法 )の誕生でした。