抜歯の基準とは?
「歯を抜く!」
ここで、もう一度「歯を抜く」ということについて考えてみましょう。
そもそも、歯が痛みを出す原因は何でしょう?
歯の病気は、大きく分けて「虫歯」と「歯周病」があります。
「虫歯」はミュータンス菌が歯の表面に付着し、糖分から酸を産生します。
それによって歯は溶け出し、冷たいものや熱いものがしみるようになってきます。
そして、それがひどくなると内部の神経まで達してしまい、じっとしていても痛みが出てくるのです。
それでも、放置するとどうなるでしょう?
神経まで到達した細菌は、根管という神経のあった空洞を伝わって、根の先まで進み、最後には歯を支えている骨の中で増殖していきます。(図8)
これを「根尖病変(こんせんびょうへん)」(図9)といいますが、こうなると歯は大きく揺れだします。
一方、「歯周病」とはどんなものでしょうか?
以前は「歯槽膿漏(しそうのうろう)」と呼ばれていましたが、これは歯の周囲に残った汚れが原因となり歯の周囲の骨を徐々に溶かしてしまい、歯の揺れをきたし、最終的には自然に抜け落ちる生活習慣病です。
成人の80%が歯周病にかかっていると報告されており、軽度な場合では歯を磨いた時に出血する程度で、進行するまでほとんど自覚症状はありません。
ただ、一線を越えるといきなり「噛むと痛い」「歯茎が腫れた」などというような症状が現れ、それが次第に全体の歯に広がり、食事ができなくなってしまいます。
「歯科医師は、どうなると歯を抜くのか?」
皆様は、歯科医師が歯を抜かなければならないという決断をする基準はご存知ですか?
これを理解するのにふさわしい世界遺産がイタリアのピサ市にあります。
それは、世界的に有名な「ピサの斜塔 (Torre di Pisa)」です。(図11)
この塔を知らない人はいないというほど有名ですが、なぜ現在の形のように傾いたのか知っている人は少ないでしょう。
ピサの斜塔は1173年から建設が始まり、第3工期まで約200年の歳月をかけて完成されました。
第1期工期からすでに傾き始め、その傾斜を修正しつつ建設が続けられたものの、その傾きはなおも止まらず、オリジナルの建築計画より低くすることで現在のような姿をなんとか保っているのです。
では、なぜこのように傾いてしまったのでしょうか?
設計図面がまずかったのでしょうか?そうではありません。
傾いた理由は、塔の南側の土質がやわらかかったのが原因です。そして年月を経るうちに傾き始めました。さらに、地下水が地盤をやわらかくして、ますます傾きが大きくなったといわれています。
歯にもこれと同じことがいえます。
歯を抜かなければならなくなる原因は、歯そのものよりも歯を支えている骨が少なくなることによる方が多いのです。
またインターネット上では、「抜歯の基準」をこのように紹介しています。
- う蝕や歯髄炎、歯周病がきわめて進行し、あるいは治療効果が期待できない根尖病巣を持つため、歯の保存が不可能となる場合
- 隣接歯や歯周組織に悪影響を与える場合
- 歯性感染症や歯原性嚢胞、歯原性腫瘍の原因歯となっている場合
- 矯正や補綴のために必要な場合
- 下顎骨骨折や上顎骨骨折において、治療の妨げとなる歯
- 悪性腫瘍を刺激する歯 (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
また、私たち歯科医師の常識として、次の5つのいずれかに該当すれば一般的に抜歯と判定されています。
- 縦揺れしている歯
- 歯ぐきの中に隠れるぐらい破壊された歯
- 歯を支える骨が高度に吸収、骨折した歯(おおよそ2/3吸収した状態)(図13、14)
- 歯根が高度に吸収した歯(おおよそ1/3吸収した状態)
- 歯根の治療(いわゆる「神経治療」「根の治療」)をしても痛みが残る歯 (『これからの抜歯』学建書院より)
でも、不思議に思われませんか?
・「歯根の治療(「根の治療」)をしても痛みが残る歯」ってどんな場合?
・歯根の治療はみんな同じなの?
・なぜ残らないのに、治療するの?
・神経を取ったのに、どうして痛いの?
色々な疑問が出てくると思います。
もう1つ、歯科専門誌を紹介しましょう。
抜歯の判定基準として、このような記載があります。
また、結びではこう締めくくられています。
「抜歯か保存かの判定は、…(中略)…歯科技術的な判断が占める割合が大きいことは確かだが、決してそれだけで決めることはできない。」
確かに歯根の内部は、皆様はもちろん、治療している歯科医師自身にも見ることはできません。
そのため、歯根の治療(=専門的に、「歯内療法」と言われます)には豊富な知識と高い技術が必要といわれており、我々歯科医師は日々鍛錬に励みます。